2013年に東京都足立区で制定されたゴミ屋敷条例を皮切りに、全国でもゴミ屋敷に対応する条例が続々と制定されています。こうした条例が制定されるに至った背景には、どんな問題があるのでしょうか。ゴミ屋敷条例が施行された背景や課題を紹介します。
全国でゴミ屋敷問題が深刻化
近年、家中にゴミを溜め込んだ『ゴミ屋敷』が全国的に増えており、多くの自治体が対処に頭を悩ませています。ゴミ屋敷に起因するとみられるトラブルにはどんなものがあるのでしょうか。
近隣への悪影響もある
自宅がゴミ屋敷でなくても、近隣の家がゴミ屋敷化した場合、悪影響は免れないでしょう。
ゴミ屋敷は近所付き合いがほとんどない場合が多く、話し合いもうまくいかないのが現状です。このような状況ではトラブルが長期化しやすいため、近隣住民はゴミ屋敷への不安とストレスを抱えて生活していくことになるでしょう。
また、精神的なストレスだけではなく実害も大きいのがゴミ屋敷トラブルです。ゴミ屋敷が存在することで受ける実害については、次の項で詳しくみてみましょう。
ゴミ屋敷が原因の火災
ゴミ屋敷で火災が発生すれば立ちどころに火がまわり、あっという間に全焼してしまう危険があります。というのもゴミ屋敷には燃えやすいゴミがそこかしこに置いてあり、一旦火事になれば、すぐに燃え広がってしまうと考えられるからです。
そもそもゴミ屋敷では、火災発生リスクが通常の家よりも高いと考えられます。まず家の管理が出来ていないため、漏電による火災、火の不始末による火災、放火による火災などは切実な問題です。ただでさえ火事になりやすいゴミ屋敷が近所にあれば、近隣住民は常に火事の不安と隣り合わせでしょう。
実際に2015年8月には愛知県豊田市でゴミ屋敷を火元とする火災が発生し、近隣の家まで延焼しました。『ゴミ屋敷と火災』は近隣住民にとって重大な懸念事項であり、深刻な問題ではないでしょうか。
害虫や悪臭
ゴミが溜っていれば、必ず発生するのが害虫や悪臭です。常に悪臭が漂っていては窓も開けられませんし、洗濯物も外に干す気にはならないでしょう。
また、害虫はサルモネラ菌や大腸菌など、病原菌を媒介する原因となります。ゴミ屋敷を発生元に近隣の家にまで侵入すれば、近隣住民の健康被害も懸念されるでしょう。
ゴミ屋敷への対処に関する現状
現在全国にゴミ屋敷が増えているとはいえ、ゴミ屋敷への対処は十分とはいえません。ゴミ屋敷問題が長期化しやすく、解決が難しいと言われるのはなぜなのでしょうか。
所有者の物を勝手に処分できない
現在の法律では、いくらゴミでも私有地にあるものを勝手に処分することはできません。というのも、ゴミ屋敷の住人が「これはゴミではなく、財産だ」と言えばそれは『私有物』なのです。
現在、ゴミ屋敷を直接規制できる法律はありません。ゴミ屋敷の対応には今ある法律を根拠とする必要がありますが、いずれもゴミ屋敷に適用するのは難しいと言われています。いくら近隣住民がゴミをどけろと訴えたところで、ゴミ屋敷の主がそれを認めなければ、状況の改善は難しいでしょう。
条例がないと対応できない
ゴミ屋敷問題を自治体に相談しても、ゴミ屋敷を取り締まる条例がない場合は、自治体でも対応が難しいのが現状です。
前述のとおりゴミ屋敷を取り締まるための法律がないため、自治体がゴミの強制撤去を行うには、自治体による『条例』を制定する必要があります。
ところが、条例の制定がない自治体は、ゴミ屋敷に対して強制的な手段を行使できず、ほとんど無力です。出来る事といえば、ゴミ屋敷の主に「ゴミを撤去してください」と口頭で注意することくらいでしょう。
自治体が働きかける必要が高まる
ゴミ屋敷問題は住民同士での解決が難しく、多くの場合は自治体の働きかけが必要です。ゴミ屋敷化する家が増えている背景には住人の高齢化や孤立化などの理由が隠れている場合が多く、近隣住民では手に負えないことが多々あります。
住人の認知症や身体的機能障害がゴミ屋敷を生み出している場合、生活支援や介護、医療を担当する部署が連携して対応する必要があります。ゴミ屋敷の住人が社会的な支援を必要としている人なら、公的支援無しでの根本的な解決は、難しいでしょう。
ゴミ屋敷に関する条例の誕生
深刻化するゴミ屋敷問題に対応すべく、全国では次々とゴミ屋敷に関する条例が制定されています。ゴミ屋敷トラブルにかかる条例とは、どのようなものなのでしょうか。
足立区で初めて条例化
東京都足立区では2013年1月1日より『足立区生活環境の保全に関する条例』を設置し、ゴミ屋敷に対処できるようになりました。この条例は通称『ゴミ屋敷条例』とも呼ばれ、全国初の試みとして注目を集めています。
足立区の条例の特徴は、ゴミ屋敷の主に対し『命令・公表・代執行』という厳しい措置を取る一方で、必要な原因者等には『支援』も可能であると規定した点でしょう。ゴミを片付ける環境部だけではなく福祉部や衛生部、建築安全課など関係各部署を総動員してゴミ屋敷問題にあたることで、6年間で145件ものゴミ屋敷トラブルを解消できました。
京都市で全国初の行政代執行
2015年に日本で初めて行政代執行がされたのは、京都市です。
ゴミ屋敷は2009年から市が問題を把握し、訪問や面談を行ってきた家でした。2014年に市で『ゴミ屋敷対策条例』が施行されてからは文書での指導や命令も行われましたが、ゴミ屋敷は改善されません。
事態が膠着していた2015年、愛知県豊田市でゴミ屋敷を火元とする火災で、近隣の家も焼けるという事例が起こりました。この事態を重く見た京都市は、ゴミ屋敷の強制撤去を決定したのです。
強制撤去当日は市保健局の幹部が行政代執行の開始を宣言し、住民男性立ち合いのもとで強制撤去が行われました。市職員5人で作業にあたったところ、片付けは約2時間で終了し、45lゴミ袋167袋、軽トラック5~6台ぶんにも及ぶゴミが撤去されたそうです。
横浜市、大阪市、神戸市などでも条例化
全国でも人口の多い自治体では、ゴミ屋敷に対応できる条例が続々と制定されています。横浜市、大阪市、神戸市のいわゆる『ゴミ屋敷条例』は次のようなものです。
- 横浜市:横浜市建築物等における不良な生活環境の解消及び発生の防止を図るための支援及び措置に関する条例
- 大阪市:大阪市住居における物品等の堆積による不良な状態の適正化に関する条例
- 神戸市:神戸市住居等における廃棄物その他の物の堆積による地域の不良な生活環境の改善に関する条例
これらの自治体はいずれも代執行だけではなく支援の制度も充実させており、ゴミ屋敷問題に広い分野から対応してくれます。該当地域でゴミ屋敷問題に困っている人は、ぜひ相談してみましょう。
まだまだ課題も多い
徐々に全国に認知されてきたゴミ屋敷問題ですが、まだまだ対応が後手に回っているという印象です。ゴミ屋敷トラブルを解決する上で、何が課題となっているのでしょうか。
手続きの煩雑さや費用の問題
ゴミ屋敷条例のある自治体では、ゴミ屋敷トラブルがすぐに解消されるのかといえば、そんなことはありません。前述の京都市の場合、市が問題を把握してから代執行に踏み切るまでに6年も経過しています。
条例があってもゴミ屋敷トラブルがすんなり解決できないのは、手続きの煩雑さや、撤去費用を誰が負担するのかという問題があるからです。通常ゴミ屋敷トラブルでは、近隣住民が自治体に問題を訴えます。その後の代執行までいくには、次の手順が必要です。
- 相談
- 調査
- 助言・指導
- 勧告
- 命令
- 代執行
この一連の流れの間には、有識者を集めた審議会が設置されることもあり、時間がかかります。
また、ゴミ撤去の費用負担は自治体によって異なり、最大100万円まで補助する自治体がある一方、補助がない自治体もあります。補助がない自治体では、例えゴミ屋敷の住人がゴミ撤去に同意しても、費用を捻出できないという問題も発生するでしょう。
条例があるのはごく一部の自治体
ゴミ屋敷が全国的な問題になっているとはいえ、ゴミ屋敷の代執行まで施行する条例を制定しているのは、ごく一部の自治体に限られます。県庁所在市と政令市、東京23区の計74市区を対象に行った毎日新聞が行った2016年の調査によると、ゴミ屋敷条例を制定しているのは12市区のみで、全体の16%にしかすぎませんでした。
もちろん、今現在条例を検討中の自治体もあるでしょうから、今後はわかりませんが、現在のところ全国規模でゴミ屋敷への対応を見た場合、十分とは言えないでしょう。
まとめ
ゴミ屋敷の原因が高齢化や貧困と関係している以上、誰の家もゴミ屋敷化する恐れはあると考えておきましょう。
現在、ゴミ屋敷の強制撤去にまで踏み込める条例を制定している自治体は、まだまだ少ないですが、ゴミ屋敷トラブルが増えるにつれて、問題解決のための条例は増えていくと思われます。近隣の家がゴミ屋敷化した場合は、速やかに自治体に相談しましょう。