相続を放棄すれば、相続にかかる余計なトラブルに悩まされることもありません。相続すると不利益しかない場合には、『相続しない』という選択肢もあることを承知しておきましょう。スムーズに相続放棄するには、どんなことに注意すればよいのでしょうか。

相続放棄とは?

現行の法律では人が亡くなると、配偶者や子供・兄弟姉妹といった家族がその財産を受け継げるようになっており、これを『相続』といいます。相続放棄とはこの相続権を放棄することですが、具体的にはどのようなものなのでしょうか。

資産や負債の相続を拒否する

前述のとおり相続放棄とは、故人の資産を受け継ぐ権利を放棄することです。

一般的に相続人が財産を相続する際は、故人の資産・負債の全てを引き受けなければなりません。そのため、被相続人が多額の負債を抱えていたなど、相続すれば確実に不利益を被ると分かっている状況なら、相続そのものを放棄する方が無難でしょう。

ただし、一度法的に相続放棄を宣言すると、原則として撤回はできません。例えば相続放棄を宣言した後で被相続人に莫大な資産が見つかっても、相続権は消失しており、一銭たりとも相続することは不可能です。相続放棄の申し出は、慎重にする必要があります。

相続放棄は『相続開始から3カ月』と決められています。この期間を使って個人の資産や負債を十分に精査し、相続・相続放棄のどちらが有益なのかを正しく判断しましょう。

相続放棄しても義務が残る場合がある

相続放棄しても、故人の財産は継続して管理しなければなりません。

民法第940条によると、『相続放棄をした者は、その放棄によって相続人となった者が相続財産の管理を始めることができるまで、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産の管理を継続しなければならない。』とあります。

つまり相続放棄したからといって財産の管理義務が消失するわけではなく、次の管理者が現れるまでは継続して管理していく義務があるのです。

管理義務は財産全てに及ぶため、不動産の管理なども含まれます。もしも不適切な管理によって第三者に損害を与えた場合、本来の相続人が損害賠償義務を負う可能性があるので、注意しましょう。

賃貸での孤独死による相続放棄が増加

近年は1人で暮らす高齢者が多く、アパートやマンションでの孤独死が増えています。

被相続人が賃貸物件で孤独死した場合、問題となるのが片付けや賃貸契約です。貸主や管理会社はそのまま放置されては困りますから、部屋の整理・片付けや契約などの様々な問題は、相続人のもとに寄せられるでしょう。

相続放棄していた場合、貸主や管理会社からの要請には、どう対応したらよいのでしょうか。

対応の義務はなくなる

すでに相続放棄しているなら、賃貸物件に関する様々な要請には、対応する必要はありません。どんな負債・財産も受け継がないのですから、賃貸人としての立場を受け継ぐこともないのです。

賃貸契約は賃貸契約継承人がいないということで、契約終了となるでしょう。

家財道具の処理はしてはいけない

相続放棄を検討している場合、故人の家財道具や遺品を勝手に処理してはいけません。

賃貸物件で被相続人が孤独死した場合、大家や管理会社から残置物の処理を求められることがあります。家族なら「片付けなくては」と考えがちですが、この行為は『相続財産に対する処分行為』とみなされるかもしれません。被相続人の財産を処分したということで『単純承認』が成立すれば、相続放棄できなくなるでしょう。

相続放棄すると決めているならば、不用意に故人の残置物には触れず、たとえ要請があっても対応を保留しておくのがベターです。

貸主や連帯保証人が対応

相続放棄した場合、相続人は賃貸物件に関して何の責任も負いません。そのため部屋に残った残置物については、貸主や連帯保証人が対応することになるでしょう。

ただし、相続人が連帯保証人として名を連ねていた場合は、連帯保証人として原状回復の義務が残ります。この場合、故人の死因が『自然死』なのか『自殺』なのかで負担金額は大きく変わるので注意が必要です。貸主や管理会社の言うがままにお金を支払う前に、弁護士等に相談することをおすすめします。

遺品整理したら相続放棄できないって本当?

相続放棄をしても、故人の思い出の品をもらったり、不要な物を処分したりしたいという人は多いでしょう。

しかしうかつに遺品整理をすると相続放棄できなくなる可能性もあり、どう対応すればよいか迷うところです。相続放棄後の遺品整理は、どのように行えばよいのでしょうか。

遺品整理後は原則相続放棄できない

遺品を整理してしまうと、単純承認が認められ、相続放棄できなくなります。生鮮食品や全く価値のない物なら処分しても単純承認には該当しませんが、遺品の大部分を処理したり売り払ったりといった行為をすれば、単純承認が成立してしまうでしょう。

確実に相続放棄したいなら、できるだけ遺品には手を付けないのが無難です。

遺品整理業者への依頼も避けるべき

近年は遺品の処理・整理を専門に行う『遺品整理業者』が増えており、孤独死の場合はこのような業者に遺品整理を依頼する人が増えています。しかし、相続放棄を決めている人は、遺品整理業者を利用することも避けましょう。

前述のとおり、遺品を処分すれば単純承認が成立し、相続放棄できなくなります。

遺品整理業者に依頼した場合、遺品がゴミばかりで査定がマイナスなら問題ないかもしれません。しかし、貴重品などがあり、査定がプラスになってしまうと、『価値のある遺産を処理した』とみなされる可能性があるのです。

ゴミばかりと思っていても、価値ある物が含まれていることもあります。遺品にどんな物があるかわからない場合、安易に業者に依頼するのは避けましょう。

困ったときは弁護士に相談

相続放棄したい場合、どの範囲まで遺品整理できるかは、素人には判断が難しい問題です。基本的には放置が一番ですが、賃貸物件での孤独死などは、貸主や管理会社から部屋の明け渡しを要求されることもあるでしょう。

「遺品の放置は心苦しいが、相続はしたくない」という場合は、何らかの対処をする前に弁護士に相談することをおすすめします。相続問題に強い弁護士なら個々のケースに応じた対応が期待でき、面倒な遺品問題にも的確なアドバイスをくれるでしょう。

相続放棄後、遺品はどうなる?

相続を放棄すると、相続人は故人の遺品を処分したり整理したりできなくなります。相続人が相続放棄した後、遺品はどうなるのでしょうか。

他の相続人が遺品整理を行う

1人が相続放棄しても、他に相続人がいるならば、その人が遺品整理に対応します。価値ある物は遺産として扱われ、相続人たちに分配されるでしょう。

相続放棄すれば遺品に対する責任がなくなる代わりに、権利もなくなります。形見分けとして何かをもらう時も、明らかに無価値の物を選ぶなど、選択には注意が必要になるでしょう。

相続人がいない場合、行政が対応

故人に相続人がおらず孤独死した場合、市の保護課などが遺品整理や片付けに対応してくれる場合があります。

ただし、行政が対応してくれるのは『相続人がいない』『故人が生活保護を受けていた』などの条件を満たしている場合のみです。孤独死全てのケースに対応してくれるわけではないので、まずは該当行政区の条件・規約等を確認することをおすすめします。

自分のケースも該当しそうだと思った人は、一度自治体の担当課に相談してみるとよいでしょう。

まとめ

孤独死した家族の遺産を相続すると自身が不利益を被る時は、全ての相続権利を放棄する『相続放棄』を検討しましょう。とくに賃貸物件で孤独死した場合は、多額の原状回復費用を請求されたり、未払い家賃を支払わなければならぬ恐れがあります。

相続放棄できるのは相続開始から3カ月と決まっているので、その間じっくり相続放棄を検討しましょう。ただし、この時注意したいのが『勝手に遺品を整理したり処理したりしないこと』です。遺品の処分を行えば単純承認が成立し、相続放棄できなくなる可能性があります。

賃貸物件などでどうしても片付けなければならない場合は弁護士に相談し、触らない方がいいといわれた物は放置しておくのが無難です。確実に相続放棄したい場合は、遺品の扱いには十分注意しましょう。